- 白馬のお嫁さん/庄司創
- ニコニコはんしょくアクマ/カレー沢薫
- ダンジョン飯/九井諒子
白馬のお嫁さん/庄司創
遺伝子デザインがそれほど珍しくもなくなった近未来のお話。
高校入学を機に田舎から出てきた氏家君が出会ったのは未知の性器をもつ3人組。
彼らは遺伝子デザインによって生まれた「子供が産める男」なのでした。体格こそ女性のものですが、彼らは全員男です。
共同生活を送る民間団体「WOLVS」の施設で育った彼らが進学し社会に出てきた目的は嫁探し。体と育ちの影響で体質レベルで子供好きな彼らは何人でも子供を産んで育てたい。しかしながら「産む男」の存在は社会的にほぼ認知されておらず、外見も女性的な彼らは伴侶となる女性を見つける事が難しい。
だから、相手に固定観念の無い若いうちに恋人を見つけ結婚までこぎつける事が子を持つための有効な戦略であり、進学は出会いを求めるための手段なのです。
第一話が公開されていますので細かい設定はそちらを読んでもらうとして。
「産む男」とその周辺の設定は作者のデビュー作である「三文未来の家庭訪問」*1 と全く一緒、というかこれ同じ社会での別エピソードですね。
一つ屋根の下に大勢の女子と同居するというテンプレハーレムものと見せかけて、全く異なる物語。つーか全員男ですからね。恋愛対象は女性なので「男の娘萌え」とかそういう話でもなく。割と大真面目にジェンダーや恋愛・結婚観について語っている作品です。
「産む男」のワンアイデアだけではなく、日常描写にさり気なく出てくる小物や会話の端々から読み取れる社会システム等も大変に思考実験的で面白い。
今回は画風もガラッと変えてきて*2 非常にとっつきやすい感じになりました。画もストーリーも基本はコメディの体裁に乗せて、しっかりしたSF設定や重たいテーマをさらっと読ませる。
必然としてセクシャルなネタが増えるから評価は分かれるかもしれませんが。
実力のある作家さんだとは思ってはいましたが、こういう風に味付けを使い分けているのを見るに器用でもあるのだなあと。
一話を読んで楽しめたなら是非「三文~」も読んでみることをお勧めします。作風の変化を見るだけでも面白いですし、設定もより詳細に分かってSF的な味わいが増すこと請け合い。何より一本の読み切り作品として抜群に面白いので。
ニコニコはんしょくアクマ/カレー沢薫
いやひどい。ホントひどい。なんでカレー沢薫は下ネタを描かせるとこうも活き活きと輝くのか。安永航一郎レベル。*3
主人公のヤマダはインキュバス。人間の女を襲い悪魔の子供を妊娠させる低級悪魔なんですが、獲物として見初めた処女は乙女ゲーマニアのガチオタでした。
リアルの男に興味が無いヒロインを孕ませるためにヤマダが悪戦苦闘する。概要を一行にまとめただけなのになんてひどい文章なんだ。
「アンモラル・カスタマイズZ」*4 では女性誌への憎しみから。そして本作では作者が愛を傾ける乙女ゲー。
BL。
声優。
等、数々のオタクネタを題材に「アンモラル~」を彷彿とさせる下ネタの嵐。ヘイトとラブという真逆のベクトルから全く同じものを創りあげる作者の手腕には戦慄を覚えずにはいられません。いや、同じどころかより洗練されているといっていい。洗練された最低がここにある。
上記引用部分は大分マイルドですが、相当えげつないネタも多数。例えばインキュバスが人間の女を孕ませるためにはサキュバス(女型の悪魔)が人間の男から集めてきた精液を使うという説があるらしく。
いや本っ当にひでえな!!(4回目)
さっきから「ひどい」とばかり書いてますが、これ「いい意味で」とか付ける気はなくて本当にひどいです。ただ「ひどい」と「面白い」は両立しうるというだけで。
ちょっと心配になるぐらいネタに歯止めが効いてないんですが、脱力系の画がそれを毒抜き。奇跡的なバランスで笑える領域に踏みとどまっています。*5 俺ホントこの人の漫画好き。
なお、1巻発売当時は帯で遊ぶのが流行しました。俺はKindle版を待ったので参加できませんでしたが、楽しそうですよね。2巻もきっと同じ大惨事になると思うので今から楽しみです。
しかし「白馬のお嫁さん」とこれを並べて紹介すんのも大概だね。
ダンジョン飯/九井諒子
ダンジョンでモンスターを食う。連載開始当初から話題になっていましたが、九井諒子でダンジョンもの且つ料理ネタだなんて。
元々リアルファンタジーやRPG的な概念を現実的な問題に落としこむようなネタを多く描く人で、そのどれもが面白い。
また、もう削除されてしまっていますが、個人ブログには料理の、それも材料から調理過程まで描いた画なんかをアップされていました。
短篇集にはそのものズバリ竜を調理して食べてみる漫画もありますし、さらには丸・三角・四角といった記号をそれっぽく調理して食べるショートショートなども収録されています。*6
特に記号を食べる漫画はその形状から想像される調理法や食感など、感覚に訴えるものがあります。「あー確かにそんな感じで食えそう」と。
ただの記号が食えそうに見えるんですよ。そんな漫画を描く人ですもの、ダンジョンに生息する空想上のモンスターなんていくらでも美味しく調理してくれるに違いない。たとえバケモノだろうと、少なくとも動物や植物なんですから。
これほど読む前から面白いことが分かりきっている漫画も珍しいですね。
ダンジョンの最下層でドラゴンに遭遇し全滅したパーティ。魔法で脱出するも、仲間の一人が見当たらない。ドラゴンに食べられたため、腹の中まで魔法が届かなかったらしい。
復活魔法で蘇生させるためにも、完全に消化されてしまう前に救出しなくてはならない。すぐにでもダンジョンへ取って返したいが全滅直後で金も装備も失っており、最深部へ辿り着くための食料すら揃えられない。
ならばどうする? 答えは簡単、ダンジョン内で自給自足だ!!
ですよね。
全滅からモンスター食までの流れが強引なように思えるかもしれませんが、実際のところはリーダーである戦士ライオスが状況にかこつけてモンスターを食ってみたいだけだという。
軽く片付けていますが、この導入だけで笑いが止まらん。とにかくなんでも食べたがるサイコパス野郎のライオスと、全力で嫌がるエルフの魔法使いマルシル。食べてみると思いのほか美味しくて悔しがるマルシルがかわいい。
モンスターの生態や調理法、ダンジョンの構造など非常に細かいディティールから生まれる説得力も九井諒子作品ならでは。
キノコのモンスターは縦には切りやすいが、横に切ろうとしたら繊維の抵抗がある。戦うときには袈裟斬りは効果が薄そうだ、と調理しながら気づく。
大サソリは茹でると赤くなって身離れが良くなる。尻尾はまずいし腹をくだすので落とす。
鶏の頭に蛇の尾を持つバジリスク。卵はぷにぷにした楕円形で、むしろ蛇に近い生き物ではないかという説もある。等々。
調理も単純な煮る焼くではなく、きちんと手間暇かけた過程をしっかり描写。だから出来る料理が普通に美味そう。
「うわー」て。わかるけど。
火炎トラップは安定した火力を供給できるから揚げ物に向くし、大物モンスターをさばくにはギロチンの罠がいい。何だこの楽しそうなダンジョンは。
そして終いには「動く鎧」まで食べたがるサイコパス野郎。「生き物なら食える」って「プレデター」みたいに言うなよ。*7
動く鎧の生態に関する解釈ひとつ取ってもこの漫画は傑作と言わざるを得ない。それを知れば食べ方も「定番」のそれしか無いよね、って感じだし。そう、食べるんですよ鎧を。
げに恐るべきは想像力。「ダンジョンマスター」をはじめ、モンスターを食べるというネタ自体はゲームにおいては意外とありふれているのですが、この漫画は作り込みの度合いが桁違い。
元々ゲーム好き、料理好きなのは作品の端々に見え隠れしていましたし、この作品は得意と得意を組み合わせた、作家性ど真ん中ってとこなんじゃないでしょうか。
もう「すげえ悪魔合体」みたいになってます。ゲームに興味のない料理漫画好き、あるいはその逆。どちらかでも引っかかる人ならばまず楽しめますから読んでみてください。両方好きなら最高です。