「波よ聞いてくれ」-Kindleで読んだ漫画 33

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 沙村広明の描くコメディはいつだってセリフがキレッキレです。

お前以外の人間は全員お前じゃねェんだよ!!

おひっこし 

何!? その『ザ・フライ』のラストシーンみたいな反応

ハルシオン・ランチ 1 

何の眷属だよ? オメーの弟はッ!!

ハルシオン・ランチ 2

 単語のチョイスや引用のひっぱりどころ、口上のテンポ、スピード感。これほどに「立て板に水」という言葉を体現するキャラクターを描く漫画家はなかなかいません。その沙村広明の新作がラジオパーソナリティを題材にした漫画。「トークがお仕事」のラジオパーソナリティ。一話目冒頭から全力ですっ飛ばしてきてますよ。

 あ、一話目はこちら。 

 

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 カレー屋のバイト店員・鼓田ミナレ。バルでたまたま隣に座っただけのオッサンに失恋話のカラミ酒をしていたところで記憶を飛ばして自宅で目を覚ます。 

 デミ・ムーア主演の泣ける映画*1 で失恋からあっさり立ち直り、出勤したバイト先のBGMはいつもと同じローカルFMラジオ。仕事をしながらボンヤリ聞いていたら何故か聞こえてくる自分の声。

 これ昨日酔っ払って隣のオッサンに垂れ流していた愚痴じゃねえか!! 

 

 隣で飲んでいたオッサン・麻藤はラジオ番組のプロデューサー。放送局に怒鳴り込んだミナレを言いくるめてマイクの前に立たせる。

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 そしてミナレの口から放たれる言葉はまさに叩きつけるがごとく。明快に、的確に、そして誠実に。トップギアで福岡の男をこき下ろしていたバルでの愚痴から一転、実に良いことを言うんですよ。自分も間違いを犯していた、相手を理解しようとしていなかった、という反省をこめて。 

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 次のページで大爆笑したよ俺は。本当はその「最後の一言」を貼りたいんだけどそれは自分で読みましょう。俺このラジオ超聞きたい。

 

 沙村広明作品なのでもちろん日常シーンにも軽妙なトークは健在、というかむしろそちらがこの漫画の真骨頂だったりする。

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 バイト中に店を飛び出してラジオに乱入したカドでクビになったミナレさん。

 

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 貯金も収入も失い、バイトの同僚から一緒に暮らさないかと提案されたミナレさん。

 

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 結局番組スタッフの女の子の部屋に転がり込んだミナレさん。

 

 雑談、相談、独り言に至るまでセリフの一つ一つがいちいち面白い。変に奇をてらった比喩やマニアックなネタを使わずに、平易な言葉と言い回しのキレだけで大量のセリフを読ませる読ませる。この読み味は落語や漫才を聞いているのに近い。流れるような、絶え間ない言葉の応酬の心地よさよ。

 素人だてらにアドリブで、一度も噛まずにラジオ放送をやってのけたミナレ。それは一種の才能・類稀なるスキルなのですが、日常会話がそのことにこれ以上ない説得力を持たせているわけです。必要以上にヨタ話のレベルが高いのはいつも通りの沙村広明コメディなんですが、今回はその辺りがラジオという題材にカッチリはまっています。

 ヨタ話を描けば描くほどミナレの残念ぶりと天賦の才能、その両方が引き立つという。俺はこの人の描く小ネタが大好きなのでこういう方向性の作品は大歓迎。

 一方で俺は「無限の住人」の大ファンでもあるのだけど、その手の血みどろ奇天烈アクション成分は「ベアゲルター」で補えばよろし。考えてみれば短編も含め、本当に多彩な作品を書く作家です。しかもそのどれもが面白い。

 結構癖のある作品が多いのですが、この漫画はかなりバランスが良くて読みやすいと思います。まずは一話を読みましょう。気に入ったなら「おひっこし」もテイストが近いのでおすすめです。

 

波よ聞いてくれ(1)

波よ聞いてくれ(1)

 
ベアゲルター(1)

ベアゲルター(1)

 
おひっこし

おひっこし

 

*1:こういうボケっぱなしで放置される小ネタがすごく好きです