「ヘイトフル・エイト」観てきた

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 面白かったんですけどね。「イングロリアス・バスターズ」や「ジャンゴ」鑑賞後のような「いいもん観たなー」という余韻はありませんでした。

 冗長でケレン味たっぷりの会話は下ネタ・差別なんでもござれ。ピリピリと張り詰めた空気からの銃撃戦、飛び散る吐瀉物、飛び散る血、転がる手足と転がる死体。俺にも「タランティーノらしさ」というのが何なのか少しは分かるようになってきたのですが、今回はあんまり入り込めなかったのね。

 これからその理由を書いていきますけど、これから観る予定の人は変な印象を付けないためにも先に映画を観たほうがいいです。ネタバレはしませんが、観ないで読んでも別に面白くないですよ。

 

  俺がこれまで観てきたタランティーノ映画においては人死には緊張状態からの解放でもあって、ある種のカタルシスを伴っていたのですが、今回は誰が死んでもいいやと思いながら観てたのでそもそも手に汗握るということがありませんでした。

 だってタイトルで分かるようにメインキャストの8人が揃いも揃って人間のクズなんですもの。クズはクズなりに最低最悪のどクズとして描かれたならば、ぽこぽこ死んでいく様に爽快感も感じようものですが、それもあまり伝わってこない。

 例えば紅一点のデイジー・ドメルグ。

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 1万ドルの賞金首になっている極悪人で、処刑のために現在護送中ですよという設定。ただし具体的に何をやったのかは作品中に一切出てこないので、口の悪い差別主義者だということが分かるだけ。別に死んでもスッキリしないし生き残っても嬉しくない。

 別に勧善懲悪が観たいわけじゃないんだけど、駆け引きをハラハラしながら眺めるには多少の肩入れは必要だよなーと。多分マーキスがそのポジションなんだろうけど、そこにもいまいち乗れない。 

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 南北戦争直後の黒人が置かれた苛烈な立場ってのは知識としては分かるのだけれど、感覚としては遠い世界の話なので。逆に折角のクズエピソードは元黒人奴隷という立場が毒抜きしてしまって、共感もできなければヘイトを向けることもできないという微妙なポジションに。

 流石の演技力で登場人物は全員キャラクター立ちまくりの曲者揃いではあるのですが、心情的にはどうにもフラットになっちゃったのですね俺の中では。

 

「タランティーノらしさ」ってやつは全開で、監督本人が自分の最高傑作だと言っている*1のも納得だし、ファンが絶賛しているのも分かります。でもそれってジャンクフードやB級グルメにおける「うまみ調味料」みたいなもんだよなーと思うんですよね。塩や油と組み合わせる事で病みつきになる旨さを発揮しますが、それ自体は味しないじゃない。

 塩や油に相当する部分が最近の作品では復讐劇だったりヒトラー暗殺だったりとアホみたいに分かりやすかったのに対して、今回は密室での化かし合い。それはそれで大いに期待していたのですが、話が二転三転するわけでもなく割と一方的だなあという印象でした。会話の面白さは相変わらずだけれど、折角の密室劇、折角の達者な会話芸なんだからもっと驚かせて欲しかったというのが正直なところ。

 先に書いたように登場人物の立ち位置が俺の中でフラットになっちゃってるんで、ネタバレされても「ええっ!! こいつが○○だったなんて!!」じゃなくて「ああそうなんだ」という感情しか沸かなかったという。

 主題はアメリカの歴史や現代アメリカ社会に対する皮肉なんでしょうが、それは肌感覚で分からないからなあ。わわーい血だ血だ死ね死ねーと楽しむにはもっとシンプルな骨子が別に欲しかった。「ジャンゴ」のストーリーが黒人差別との戦いを妻を取り戻すための戦いとして描いたように。

 うまみだけじゃなくてもっと塩味効かせてくれよと。こういう事書くと「お前の頭が悪いだけだ」と言われると思うのですが、はい、そうです。

 なんか「レザボア・ドッグス」を3時間かけて観たような気分になりました。確かに面白いこた面白いんだけどこんなに長い尺は必要か? と思っちゃった。

 

  波長が合わなかった理由ばかりで愚痴みたいになってしまったので良いところを書くと、映像と音楽は文句無しに格好いいですね。ポスターの悪人ヅラ揃い踏みデザインはいかにも「日本版のダサポスター」ではあるのですが、それ見るだけで期待にテカテカした俺がいましたし、その方向での期待は全く裏切られなかった。

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 芝居も細かくてホント好き。微妙な表情の変化とか、背景でちょこちょこ動いている人間とか、おそらく真相を知った上でもう一度観たら一層腑に落ちる作りになっているのだと思います。ただ3時間かけて劇場で観なおすかというとしませんね。小屋に全員揃ったところから観られるなら別だけど。

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 一番好きなのはドメルグさんが賞金首だと紹介されて、いえーいってやってるとこです。

 

 以上。面白かったんだけど期待してたほどではなかった。

 これ、「密室ミステリー」って触れ込みも良くなくて、密室劇ではあるけれどミステリーではないよね。おかげで期待があさっての方に向いてしまって俺の中で評価が下がってしまったという部分が確実にあります。なんかこういうアオリ方をしているのは日本語版のトレイラーだけっぽいですし、うん、ギャガが全部悪い。

 って書いとけば熱烈なタランティーノファンに怒られないで済むかもしれない。未見なのにここまで読んじゃった人には「ファンなら間違いなく楽しめますよ」と投げやりなオススメの仕方をして終わります。

 おわり。

*1:広告にそう書いてある。本当に言ってるのかは知らない