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Chromecastでゴミのような時間を過ごすことに成功した

ガジェット

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 タイトルで釣りとか煽りとか言われると嫌なので最初に書いておきますが、これは「Chromecastいいよー」と褒めるエントリです。

 

  遅ればせながら買ったんですよchromecast。ソニーが2015年のテレビをgooglecastに対応させるというニュースを見て、そう遠くないうちにnasneも正式に対応するんだろうな、と思ったのが理由の一つ。あとはただちょっと遊んでみたかったから。

 「開封の儀」とかセットアップ方法はぐぐれば山程出てきますから、ホント嫌んなる程出てきますから省きますが、設定は非常に簡単です。テレビのHDMI端子に挿したらPCかスマホにダウンロードしたアプリの指示に従って、自宅のWifiネットワークとChromecastをつないでおしまい。 

 これで何ができるかといいますと、スマホやPCから対応アプリの動画をテレビに飛ばして大画面で観れます。それだけ。 

 俺も嫁さんもそれぞれ個人のデスクトップPCを持っています。だから動画サイトなんていつでもそれなりの画面サイズで観られる状態なわけで、わざわざTVで観る意味がない。と思ってたんですが、使ってみるとこれが予想外に良い。

 

 まず気楽だということ。PCの前にわざわざ座らなくていい。

 そんな横着なと思われるかも知れませんが、huluかなんかで2時間映画を観ると考えれば、デスク前でOAチェアに座って過ごすかリビングで人間をダメにするソファに寝そべって過ごすかは大変な違いです。

 テレビに動画を飛ばすことの価値は画面の大きさよりも、自由な姿勢でぐんにゃりと視聴できることにあるのです。ましてや今の時期、炬燵から出ないで済むことの恩恵は計り知れません。

 そして共有が楽。そもそも俺はあまり能動的に動画サイトを観に行ったりはしないのですが、バズってる動画はRSSやSNSでよく流れてきますから、ダラダラとスマホでネットサーフィンをしている時なんかに良く観ることになります。

 直近の例で言えば女子高生がシールドを買いに行く動画がRSS経由で流れて来ました。これまでだったら嫁さんにも見せようと思ったらurlをskypeで送ったり、自分が観た後のスマホを渡して直接見せていたシチュエーション。今回はその場でアプリを立ち上げ、テレビに飛ばして一緒に観ることができました。

 ちょっとした動画を観ながら感想を言い合う。こういう事がより気安く出来るようになったことで、暇つぶしコンテンツとして動画サイトの存在感が大きくなってきています。

 

 まだYoutubeアプリでしかできませんが、キューリスト機能も面白い。名前の通りで再生待ちリストに動画を放り込めるようになっています。

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 カラオケの曲予約みたいに右下に表示されてキューリストへの登録完了。

 リアルタイムなプレイリスト作成と言ったらそれまでなんですが、これ複数の端末からどんどん投げ込めるんですね。その場に居る人間みんなが手持ちのスマホで、検索したそばから再生待ちに登録可能。使い勝手もカラオケの曲予約をイメージしてもらえればOKです。もちろんAndroidとiOSが混在していても大丈夫。

 「女子高生がエフェクターを買いに行く動画」を再生しているそばから、関連動画に表示されている「女子高生がシールドを買いに行く動画」を予約することもできるわけです。

 この快適さは危険。動画の終了を待たずに次の再生動画を指定できるという一点だけで、連鎖的に際限なく動画を見続けるようになってしまいます。

 他の人がキューに並べるというのもポイントで、自分が普段観ないような、でも面白い動画が流れると触発されるんですよね。お前の入れた動画面白いな!! じゃあこれはどうだ? と。 

 うちも最初はいろんなPVとか猫動画を観ていたのですが、嫁さんが「角栓を押し出す動画」を投げ込んだのを皮切りに、巨大な耳垢を引っぺがす動画と大量の角栓を引き抜く動画が交互に再生され続けるキューリストが出来上がる始末。

 散々手こずった耳垢が剥がれた瞬間に歓声を上げ、延々と引き抜かれる角栓のハリ・ツヤ・大きさを品評する。またこれがスローモーション入ったりリピート再生されたりと無駄に手がかかってる。何なんだこれは。

 もしくはニコニコ動画で「茶筅でイチローのレーザービームを表現する動画」「人生ゲームの盤上でイニDごっこをする動画」「ウルトラソウル!! ハァイ!! の掛け声に合わせて新幹線の椅子が倒れる動画」等、人類には早過ぎる系の動画をこれまた延々と見続けるなど。

 どう控えめに言っても「ゴミのような時間」としか形容のしようがないのですが、正直これがとても楽しい。

 「意図的に無駄にする」のは時間の使い方としては大変な贅沢と言えるでしょう。そう考えれば、ぷりっぷりの角栓が引き抜かれる様に揃ってうおォンと声をあげるひとときは正にラグジュアリー。ラグジュアリーなゴミ。最高だ。

 

 「時間ドブに捨て機」としてのポテンシャルが只事ではないので気をつけましょうね。